Cosmetic in Japan 美容医学への扉-東京大学美容外科-アンチエイジング
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レチノイン酸による皮膚の抗老化

東京大学医学部形成外科  吉村浩太郎 (2003年6月日本抗加齢学会要旨)

 抗老化治療を全体的に見た場合、老化に伴う身体の臓器や器官の機能低下の治療と、老化に伴う外貌の治療に分けられ、両者は患者から見れば同程度に関心が持たれており、こうした観点から見れば、後者の治療である美容治療の存在意義は非常に大きいと言える。美容治療には、手術などの外科的な手法、レーザーやピーリングなどの皮膚科的な手法、ホルモン治療などの内科的な手法が存在し、治療の目的に応じて、複合的な治療が必要になる場合も少なくない。90年代に入り、注入剤filler、レーザー治療、ケミカルピーリングなど皮膚科的な美容治療法の発展に伴い、皮膚の老化に対する治療も大きな関心を持たれるようになった。
 皮膚は身体の表面を被っているため、他の臓器、組織とは異なり、通常見られる加齢性の変化(chronological aging)に加えて、紫外線に伴う老化(光老化: photoaging)があることが知られている。光老化の特徴は、紫外線により起こる弾性線維の変性、炎症性変化、メラニン色素の産生亢進、毛細血管の拡張、細胞外基質分解酵素活性の亢進、細胞の癌化などで、こうした特徴に対応した予防、治療も必要になる。皮膚の老化治療薬として予防、治療効果があるものとして、@サンスクリーン(日焼け止め)、Aレチノイド、B抗酸化剤、CAHA、Dエストロゲン、が挙げられる。しかし、はっきり外用剤としての臨床効果のエビデンスが確立されているものは、サンスクリーンとレチノイドのみである。
 レチノイドはビタミンA類縁体の総称で、レチノイン酸は身体内におけるレチノイドの生理活性本体である。All-transレチノイン酸(=トレチノインtretinoin)は、海外ではにきびの治療薬として古くから使用されているが、光老化の諸症状を改善する効果があることが90年以降明らかにされてきた。レチノイン酸は、様々な基礎研究を通して、紫外線による弾性線維の変性、細胞外基質分解酵素活性の上昇、真皮細胞外基質産生の減少などのしわ形成のメカニズムに対して、直接的に、また抗AP-1作用などを通して、抑制的に働くことが示され、抗老化目的でも海外では広く使用されるようになった(90年代半ばにFDAに抗老化目的でも認可された)。白人ではメラニンが少ないためにシワ(真皮の変性)や皮膚の癌化の方が関心が高い特徴があり、一方、有色人種であるアジア人ではメラニンが多いために真皮は白人よりも紫外線から守られるために、皮膚癌の発生率も低く、むしろシミなどの色素沈着に対する関心が高いという特徴がある。
 我々は、皮膚の老化治療の中でも特に色素沈着(しみ)に対するレチノイドの治療効果に注目し、レチノイン酸が表皮メラニンの排出を促進するという作用があることを示してきた。レチノイン酸は、小じわ、質感などにも治療効果があるが、使い方を工夫すれば色素沈着に対しては劇的な臨床効果を示す。その作用機序について長い間不明であった。
レチノイン酸はin vitroにおいては決して一定の表皮角化細胞の増殖促進作用を示すわけではないが、in vivoにおいては普遍的に表皮の肥厚をもたらし、この作用は動物種、ヒトを問わず、さらに我々が行ったヒト3次元培養皮膚モデルにおいても認められた。細胞成分としては表皮角化細胞と線維芽細胞のみが含まれる3次元培養系においても表皮肥厚が認められたことは、これら細胞間の相互作用によるメカニズムがあることを示唆した。1999年にトランスジェニックマウスの研究(ミシガン大学)からsuprabasalの表皮角化細胞からのHB-EGF分泌によるパラクライン作用の関与が示唆され、その後レチノイン酸による表皮肥厚の誘導メカニズムが今日までにほぼ明らかになった。我々も、ヒト細胞においてもHB-EGFが誘導され、様々なレチノイドによってその誘導能に違いがあること、RARγが関与していることが予想されることを示した。レチノイン酸には本来、表皮の分化誘導作用(表皮ターンオーバー促進作用)があるため、HB-EGF分泌との相乗作用により、表皮メラニンの排出が行われていることが示唆された。臨床的には、表皮と真皮にメラニン色素をもつADM(後天性真皮メラノサイトーシス)の組織の分析により、レチノイン酸が表皮メラニンのみを排出する作用があることを明らかにした。
 以上のような作用は、レチノイドに特有の作用であり、臨床的にはレチノイドの持つ意味は大きく、老化に伴う皮膚の機能的衰えを改善するのみならず、老化皮膚に対する美容治療に大きな進歩をもたらすことになった。レーザー治療との組み合わせにより、これまで治療が不可能であった多くの色素沈着を治療することが可能になり、さらに、これまで黄色人種特有の炎症後色素沈着が起こるがゆえにわが国では敬遠されてきた、効果は高いが炎症を伴う様々な美容皮膚治療(レーザー、ピーリングほか)が日本人にとっても現実的なものとなった。
 我々の施設においては1995年からレチノイン酸治療を始め、12,000例を超す症例を経験し、その治療対象もにきび、老化皮膚、数々の色素沈着、ケロイドなど多岐にわたっている。わが国においても、トレチノイン治療も形成外科、美容外科、皮膚科において徐々に普及してきており、その特有の治療効果もようやく広く認知されるようになってきた。しかし、残念ながら現在、日本ではまだレチノイド外用剤は未認可で自家調合によるしかなく、また唯一の副作用といえる治療中の皮膚炎も今後の解決が待たれる課題である。
 近年、美容医学も外科治療、皮膚科治療から内科的治療、再生医療とアプローチを広げ、抗老化はそのメインターゲットとなっており、我々の研究室でも新たな治療の実用化に向けての取り組みを行っている。直接的に目に触れる皮膚のみならず、軟部組織、骨、軟骨などの抗老化再生治療としても、今後の益々の発展が期待されている。


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