はじめに
美容的に表情を捉えた場合、口元は眼の次に印象を左右すると言える。実際、若返りを目的とした口唇周囲の美容的ニーズは非常に高い。口唇周囲に対する患者の悩みとしては、上口唇の垂直方向の皺、赤唇の薄さ、鼻唇溝、マリオネットラインなどが多い。
これらの悩みを解消するためにおこなわれている非手術的治療には以下のような方法がある。
1) しわ、たるみ
a)鼻唇溝、マリオネットライン
加齢により鼻唇溝、マリオネットラインには深い皺ができる。注入剤(filler)を用いて凹んだ部位を平たくする事で美容上の改善を得る事ができる。しかし中顔面のたるみが強い場合は不十分な効果しか得られない。手術療法として鼻唇溝は側頭部リフト(ミッドフェイスリフト)、マリオネットラインには頬リフト(チークリフト)が適当である。
i) Filler 注入
深い皺は注入剤(Filler)を注入することで、外観上目立たなくさせる事ができる(1)。現在使われている製剤は、主にコラーゲン及びヒアルロン酸製剤である。
コラーゲン製剤はウシ由来の物とヒト由来の製剤があり、ウシ由来コラーゲンはウシ真皮から採取したコラーゲンを低抗原性にした製剤で
(2)、わが国でも承認されている。まれに(約3−5%)アレルギーを起こす事があるため、テスト注射してから使用する必要がある。口唇周囲で十分な効果を得るためには濃度が濃い製剤か、あるいは架橋された製剤を選択する必要がある。注入後徐々に吸収分解される。Zyderm
、Zyplast は局所麻酔剤としてリドカインが配合されている。
ヒトコラーゲン製剤はINAMED社のCosmoDerm とCosmoplast が昨年FDAの承認を受け、個人輸入の形でわが国でも使用されている。ヒト新生児の陰茎皮膚から採取された培養線維芽細胞が産生したコラーゲンを抽出しており、アレルギーテストは不要とされている(3)。効果や持続期間はウシ由来コラーゲン製剤と同程度とされている。CosmoDerm
とCosmoplast は局所麻酔剤としてリドカインが配合されている。
ヒアルロン酸(hyaluronic acid)は皮膚や関節液中に豊富に存在し、水分を多量に蓄える性質を持つムコ多糖類の一種である。コラーゲンに比べ粘性が高く、細かいシワへの注入は難しいが、隆起させる力はコラーゲンより強いので口唇、鼻唇溝、マリオネットライン、口交連への注入にも有効である(4,
5)。真皮内に注入する方法と皮下に注入する方法がある。ヒアルロン酸の製品には麻酔剤は入っていない。
他にヒト死体皮膚を利用したCymetra 、ポリアクリルゲル、メタクリル樹脂製剤などがあるが、人工物に関しては安全性で劣ると考えられる。患者自身の培養線維芽細胞を注入する製剤Isolagenは現在米国で治験中である。
(方法)
麻酔としては貼付麻酔剤(ペンレスR)、もしくは外用麻酔(7-10%リドカインゲルをサランラップでODT)を1〜2時間行う。座位もしくは立位でスキンマーカー等を用い患者に注入希望部位を確認してもらいながらマーキングする。仰臥位にした後消毒を行うが、アルコール入りの消毒剤の使用は鼻腔への刺激が強いため使用を避ける。注入には径の細い注射針(ヒアルロン酸で27G〜29G、コラーゲンで30G〜32G)を使用し、皺の端または離れた部位から皺の直下まで針を進める。皺の溝をさらに目立たなくするにはさらに溝の斜めから交差するように注入する。注入後マッサージをしてなだらかにする方がよい。また濃度や組成の違う2種以上のfillerを組み合わせて使用すれば効果が高まる。深い皺の場合は一度の修正では難しく、少量ずつ何回かに分けて注入した方がより効果が高い。これらの注入療法は、施行後に化粧して帰宅可能なため、手軽に行えるため患者の受け入れが良い特徴がある。
(a)(b)
(c)(d)
【図1】60代女性。口唇周囲の皺の改善を希望した(初診時:a)。同日貼付剤による麻酔後、ヒアルロン酸製剤を、鼻唇溝、マリオネットライン、上口唇に注入した(注入直後:b)。2週間後注入剤の一部が吸収されており、追加注入した(2週間後、追加注入前:c)。3ヶ月後(d)においても注入部位は良好な結果を保っていた。
ii)埋入物
わが国ではあまり使われていないが、海外ではいくつかの埋入物も使われており、テフロン(expanded
polytetrafluoroethlene= ePTFE; GoretexR)で作られたチューブ(SoftformR)などがある。テフロンは人工血管や鼠径ヘルニアなどの手術で人工材料として長く使用され、すでに安全性が確認されている。内腔構造により皮膚上から触れても適度の柔らかさを持ち続ける特徴がある。鼻唇溝、マリオネットラインの他にvermilion
borderに使用することが可能である(6, 7)。体内で吸収されず、永久的な効果が期待され、また不要になった場合は抜去が可能である。一方、人工物であるため露出や感染などのリスクがある。他にはスキンバンク皮膚から作製されるADM
(acellular dermal matrix: 無細胞真皮)であるAllodermRも同様の目的に使われている。
(方法)
麻酔は局所麻酔が必要である。SoftformRはトロッカー内に清潔な形で内蔵されている。埋入するための麻酔を得た後、刺入出予定部に小切開をおきトロッカーを刺入し、予定部から刺出する。形態を整えた後ロックを外し、SoftformRを挿入する。内筒を引き抜き、SoftformRをトリミング後真皮下に埋め、切開部を縫合する。一度埋入したSoftformRを抜去するには内腔に入り込んだ線維組織を切除する必要がある。
iii) 脂肪注入
陥凹の改善に対して半永久的な効果を期待し、また人工物を嫌って、自家脂肪注入移植も行われる。脂肪の採取部は腹部や大腿内側部、上腕内側などが適当である。局所麻酔剤(ボスミン加0.01%キシロカイン)を注入し十分な麻酔を得た上で、吸引シリンジを利用して脂肪を採取する(8,
9)。実際に生着する脂肪の量は注入量の20から30%と考えられている(10,11,12)。
(方法)
シリンジを倒立させて安置し、下層の血液部分を廃棄し、さらに生理食塩水を吸引して、この作業を繰り返して、十分に吸引脂肪を洗浄する。1ccのシリンジへ詰めて18G針を用いてごく少量ずつ皮下の層に注入する。生着率を考慮し、やや多めに注入する。
b)上口唇
上口唇部の縦走する皺や皮膚の質感の改善を希望する患者は多い。わが国では表皮のresurfacing及び真皮でのコラーゲンの増加を期待してケミカルピーリングが広く行われているが、表皮レベルのresurfacingでは縦走する皺の改善は難しい。炭酸ガスレーザーresurfacingやmedium-depth
peelingなど深いresurfacingでは縦走する皺に対しても一定の効果が期待できる。しかし深いresurfacingでは長期のdowntimeを要するので、縦走する皺に対してはfillerによる治療が最も広く行われている。また最近はbotulinum
toxin type Aによる治療の試みも行われている。
近年、より簡便で施術直後から日常生活に制限の加わらない(down-timeのない)治療が求められnon-ablative
laser resurfacingがおこなわれるようになった。ただし眼瞼周囲などの皮膚に比べ口唇周囲の皮膚は厚いため、non-ablative
laser resurfacingによる効果は概して患者の期待に答えられない場合が多い。
i) filler注入
上口唇の縦ジワには、fillerが使用されることが多い。細かい皺が多いため、ヒアルロン酸製剤よりもコラーゲン製剤の方が治療しやすい。最近はヒトコラーゲン製剤Cosmoplast
が販売されており使いやすいが、国内未承認であるため個人輸入する必要がある。スキンテストは要らないとされているが、1%程度の患者にはアレルギーが出ることが知られている。残存期間は牛由来製剤と大きな相違はない。
ii) Laser resurfacing
炭酸ガス(CO2)レーザーは波長が10,600nmと長く組織中の水分によく吸収され組織ごと気化(蒸散)させる。皮膚の表層のみを蒸散させるとともに、さらに真皮に熱変性を加えてその後の創収縮に伴う表面積の縮小を図ることにより、リフト効果を実現する治療法がlaser
resurfacingである(16)。しかし、特に東洋人の場合には遷延する紅斑、色素沈着や瘢痕形成といった問題点があり注意を要する。Resurfacingを行うためには、スキャナー付の機種が必須となる。著者らはヘリウムネオンのガイドレーザーのついたLumenis社の製品を使用している。
(方法)
麻酔は局所麻酔剤の局所注射が必要となる。照射時には眼球保護用のプロテクターを使用する必要がある。はじめの1passで表皮を剥離する。1pass後に生理食塩水ガーゼで容易に焼けた表皮組織を取り除くことができる。2pass目にレーザーの蒸散が真皮網状層に達すると真皮の収縮現象がみられる。治療部位の境界を目立たなくする目的で周囲から1pass、2pass、3passと深く照射する範囲を狭くしていく。照射完了後は氷水ガーゼなどで冷却し、軟膏ガーゼでドレッシングする。被覆材料は交換しなくてもかまわない。通常、約1週間で上皮化する程度がちょうど良い。上皮化を早めるために、施術前数日間トレチノイン外用による前療法を行ってもよい。術後の発赤の消退には2ヶ月程度かかる。術後3-4週間で炎症後色素沈着が来ることが多い。色素沈着が生じた場合はトレチノイン・ハイドロキノン漂白治療が有用である。
(a)(b)
【図2】60代女性。上口唇の縦皺の改善を希望した(a)。CO2レーザーによるresurfacing後、3ヶ月目(b)
iii) botulinum toxin type A 注入
Botulinum toxin type Aは局所投与により運動神経終末に結合しアセチルコリンの放出を抑制することで、筋の収縮を妨げる。BotoxR
(Allergan, Inc. CA USA)、DysportR (Ipsen, Ltd. UK)などの製剤がある。美容的にはhyperdynamic
stateにより作られる前額部、眉間部、外眼角部などの皺の改善に効果が認められ、広く使用されている。
(適応)
口唇への使用の報告は少ないが、Semchyshynら(17)は上口唇のhyperfunctionによる皺の改善を目的に局所投与を行い、美容上の改善を報告している。上口唇に対する適応としては、口をすぼめる癖、喫煙などの習慣のある患者で、垂直方向の皺のある患者が対象になる。Semchyshynらは禁忌として講演者や吹奏楽者などを挙げている(17)。またgummy
smileに対して使用することも可能である。
(方法)
BotoxRは100単位、DysportRは500単位が1バイアルに詰められているが、実際に力価は1バイアルで同等程度である。冷凍保存されており、生理食塩水で溶解し、早めに使用する。麻酔は不要か貼付麻酔(ペンレス
など)を用いる。注入は皺のある部位の周辺、vermilion borderあるいはそれより上部に注入する。皮下に注入、あるいは口輪筋に直接注入しても良い。皺の改善には筋の動きが弱くなってからおこるため、最低でも2週間以上必要である。動かなくなることでpseudo
augmentationの効果も得られる(17, 18)。Gummy smileの治療には、患者にsmilingさせover
functionになっている筋(上唇挙筋、小頬骨筋、大頬骨筋など)へ注入する。
C) non- ablative laser resurfacing
近年、多くのnon-ablative laser が登場した。CoolTouch (CoolTouch
Inc. CA USA)[冷却装置付Q-switched Nd:YAGレーザー、波長1320nm](13,
14)やSmoothbeam (Candela Co., MA USA) [冷却装置付Diodeレーザー、波長1450nm](15)は水をターゲットとしている。Vbeam
(Candela Co., MA USA) [冷却装置付pulse Dyeレーザー、波長595nm]やN-liteは色素レーザーである。Radio-frequencyを利用した製品、連続光(IPL)を利用した製品などもある。ターゲットはそれぞれ異なるが、すべて真皮部分にて熱を発生させて、その後の細胞外マトリックスの増生を期待する。副作用は少なく、downtimeは極めて短いが臨床効果も小さい。
(方法)
機種により施術中の痛みが異なり、麻酔は不要、もしくは貼付剤・外用剤の麻酔を要する。照射時には患者には眼球保護用のプロテクター、施行者も照射する波長をカットするゴーグルを使用する。機種に応じて、目的に応じて適切なパラメーターを設定する。V-Beam
の場合で、例えば10ms、10J/cm2でDCD (Dynamic Cooling Device)を
Onで使用する。患者は化粧しての帰宅が可能である。一般的には1ヶ月に1回の照射間隔で行う。
2) 血管拡張
紫外線による光老化の影響で上口唇から鼻孔、鼻翼にかけて毛細血管拡張が目立つことがある。酒渣による場合もある。
(方法)前述のV-beam にはよい適応であり、従来のDye laserに比べて施術後の紅斑、色素沈着が目立たず、患者の満足度が高い(19)。毛細血管拡張に対するVbeam
照射は、例えば、径7mm, 10msec, 11〜12J/cm2のパラメーターでDCDの照射時間、遅延時間をともに30msec位に設定して行う。照射直後に毛細血管が暗紫色になるのを目安に照射する。照射により紫斑を形成する可能性がある。直後に効果がみられない場合でも数週間待機すると照射部の毛細血管が消失することが多い。通常は3〜数回照射を目安に施術を行う。
3) 赤唇
赤唇の組織増大目的では、前述のfiller注入、脂肪移植ならびにテフロンなどの埋入術がおこなわれている。Volumeが求められるので、fillerとしてはコラーゲンではなく、主にヒアルロン酸が用いられる。局所麻酔、氷冷麻酔、静脈麻酔などのもとに筋肉内に注入する。
脂肪注入の際の採取部は腹部や大腿内側部、上腕内側などが適当である。局所麻酔剤を注入し十分な麻酔を得た上で吸引シリンジで脂肪を採取する(8,
9)。上下口唇に注入する場合は最大で12ccの脂肪が必要で、吸引した脂肪を処理すると3から4割くらいにしかならないため、液体成分も含め40cc位吸引しておいた方がよい(12)。採取した脂肪は十分に洗浄して血液成分などを取り除く。1ccのシリンジへ詰め18G針を用いてごく少量ずつ注入する。生着量が低いためover
correctionになるよう注入し、術後はcoolingと安静を指示する。局所の血流低下と口をすぼめる動作が定着量を減じさせると考えられるので、禁煙を指導する。
まとめ
口唇周辺部の若返りに対する治療には様々な方法があり、それぞれに長所と短所がある。一時的な効果で元に戻る治療もあれば、down
timeが長くなるものもある。それぞれの治療法の特徴をよく患者に説明し理解してもらい、患者に選択を委ねる必要がある。
ABSTRACT
Therapeutic procedures for rejuvenation of the lip
and its periphery
Katsujiro Sato, MD, Kotaro Yoshimura,
MD
Department of Plastic Surgery, Graduate School of
Medicine, University of Tokyo, Tokyo 113-0033, Japan
Many therapeutic procedures are
becoming popular for the lip and its peripheral rejuvenation.
Injectable materials, such as collagens and hyaluronic
acid gels, are effective for correcting the rhytides,
but dwindle away. Artificial materials can be an option
used for upper lip and nasolabial sulcus eversion.
Chemical peeling and non-ablative laser resurfacing
can improve the irregularity of the lip skin . Ablative
laser resurfacing is appropriate for the rhytides
that resists other therapies. Botulinum toxin type
A smoothens hyperfunctional lines of the lip. V-beam
laser has the efficacy of the clinically proven pulsed
dye laser and integrated dynamic cooling device minimizes
subsequent erythema and post-inflammatory hyperpigmentation.
Autologous fat transfer can be performed for augmentation
of the vermillion or the nasolabial sulcus , but its
effectiveness depends on survival of injected adipocytes.
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