はじめに
手術や外傷後の瘢痕やその周囲に、ときに色素沈着を認めることがある。熱傷やにきびの跡がしみとなって残ることも少なくない。また、CO2レーザーやケミカルピーリングによるresurfacingの後に特に有色人種である日本人の場合、術後の色素沈着が大きな問題になることも多い。こうした炎症後色素沈着postinflammatory
(hyper)pigmentationは、あらゆる種類の皮膚の炎症後に起こる可能性があり、通常は2-3ヶ月の間に徐々に自然消退する場合が多い。しかし、半年以上経過しても消失せず、残った色素沈着を美容的に気にして治療を希望する患者も多くみられる。
炎症後色素沈着の発生機序については、アラキドン酸代謝物質、superoxide、幾つかのサイトカインなどの関与が報告されているが未だ不明の点が多い6,
11)。
治療法については古くは水銀化合物7)、その後ハイドロキノン5)やステロイドもしくはレチノイン酸やサリチル酸との複合療法8,
9)などがあるが治療期間は長く、通常6-12ヶ月を要するといわれている11)。ハイドロキノンも基礎研究では強いチロジナーゼ活性抑制効果が指摘されるが、臨床的には特別効果的ではないのが現状である6,
11)。近年では、グリコール酸などのケミカルピーリングも外用剤の補助的に行われている2)。
われわれはレチノイン酸、ハイドロキノンなどの外用剤を使った独自のプロトコールを開発し、短期間の治療で良好な結果を得ているので報告する。
材料と方法
外用剤
0.1-0.4% all-trans retinoic acid(atRA)水性ゲル(以下、atRAゲル)、及び5%ハイドロキノン・7%乳酸プラスチベース(以下、ハイドロキノン乳酸軟膏;現在は色素消失後のhealing
stepには5%ハイドロキノン10%アスコルビン酸親水軟膏を使用している)を独自に調剤して使用した。共に不安定であるため、毎月1回調剤し冷暗所に保管した。
使用方法
副作用についての十分な説明を行い、文書によるインフォームドコンセントのもとに外用剤の処方を行った。通常は治療をbleaching
stepとhealing stepに分ける。はじめのbleaching stepでは、患者自身にatRAゲルおよびハイドロキノン乳酸軟膏を毎日2回患部に塗布させ、昼間は日焼け止めクリームを併用させた。原則として治療開始時は顔面には0.1%、上肢および躯幹には0.2%、下肢には0.4%のatRAゲルを使用し、必要に応じて適宜濃度を変更した。色素沈着が消失(軽減)した時点で(通常は2-6週間の治療後)、healing
stepに移行する。すなわち、atRAゲルの使用を中止し、一時的に(通常1-3週間)消炎目的にてステロイド軟膏(0.12%dexamethasone軟膏)を使用した(注意:2001年8月現在ステロイドは全く使用していない)。最近はhealing
stepにおいてはハイドロキノン乳酸軟膏のかわりに5%ハイドロキノン・10%アスコルビン酸軟膏を使用している(現在は使用していない)。
色素の測定
治療開始後は原則として1,2,4,6,8週後(以後2週毎)に診察、色素の測定を行った。色素の測定には、tristimulus
colorimeter (Chroma Meter CR-300、ミノルタ、大阪)およびnarrow-band
reflectance spectrophotometer (メキサメーターMX 16、COURAGE+KHAZAKA
electric GmbH、ケルン、ドイツ)を用いた。患部および周辺の正常皮膚をそれぞれ3回ずつ測定し、それぞれの平均値を測定値とした。
治療効果の評価
治療効果の評価はメキサメーターで測定した患部のメラニン値と正常部位のメラニン値との差(相対的メラニン値:RMV)を用いて行った。RMVが5未満の症例をexcellent(5というメラニン値は測定機械の誤差範囲であるとともに肉眼的には区別がつかない)、RMVが80%以上改善した症例をgood、40%以上改善した症例をfair、それ以外をpoorと分類し、excellentとgoodの症例を有効と評価した。
[結果]発症後6ヶ月以上経過した炎症後色素沈着のうち、12週間以上の経過観察ができた23例について表1にまとめた。患部の部位は顔面9例、躯幹6例、上肢5例、下肢3例であった。治療効果は全体ではexcellent
9例、good11例、fair2例、poor1例で、有効率(good以上)は87.0%であった。色素沈着の再発は全く見られなかったが、一部の症例では本治療に伴う炎症によって引き起こされた一時的な軽い炎症後色素沈着を認めた。
[症例]
症例1: 60 歳、男。交通事故で前額部に裂創を受けたが、その治癒後創周囲に色素沈着が生じ、瘢痕および色素沈着を主訴に来院した(図1)。治療前のRMVは41.0であった。0.1%atRAゲルおよびハイドロキノン乳酸軟膏を用いて治療を開始し、2週後よりatRAゲルを中止して1週間ステロイド軟膏を使用した。8週後色素沈着および発赤はほぼ完全に消失した。5ヶ月後のRMVは-1.3であった(図2)。評価はexcellentであった。
症例2: 28歳、男。3年前の左臀部の分層皮膚採取創の炎症後色素沈着を認める(図3)。治療前のRMVは38.7であった。0.2%atRAゲルおよびハイドロキノン乳酸軟膏を用いて治療を開始し、2週後よりatRAゲルを中止して1週間ステロイド軟膏を使用した。12週後、色素沈着はほぼ完全に消失し、むしろ脱色素を呈している(図4)。治療後のRMVは-23.4であった。評価はgoodであった。
症例3: 25歳、女。6ヶ月前に受けた左大腿の擦過創部に炎症後色素沈着を認める(図5)。治療前のRMVは91.3であった。0.2%atRAゲルおよびハイドロキノン乳酸軟膏を用いて治療を開始し、4週後よりatRAゲルを中止して2週間ステロイド軟膏を使用した。12週後色素沈着はほぼ消失している(図6)。治療後のRMVは13.1であった。評価はgoodであった。
[考察]
Kligmanら9) (1975)は漂白作用があるとされるレチノイン酸、ハイドロキノン、ステロイド(dexamethasone)をそれぞれ0.1%、5%、0.1%の濃度で混合した親水軟膏の処方をそれぞれの単独使用よりも漂白効果が大きいと報告している。以後現在に至るまで、欧米ではこの処方をもとに多くの製品が市販されており、特に近年ではこうした製品をレーザー1)やケミカルピーリング2)と組み合わせて使用することも盛んに行われている。しかし、レチノール酸やハイドロキノンは本邦では未認可のため、われわれは独自に外用剤を調剤し臨床試行を重ねてきた12,
13)。われわれのプロトコールの特徴は1)最適な濃度(実際には市販品よりもかなり高濃度)のレチノイン酸を短期間使うこと、および2)ステロイド剤とレチノイン酸の併用を避け、bleachingとhealingの2ステップに分けていることである。これらの改変を加えることにより、老人性色素斑、炎症後色素沈着、扁平母斑、肝斑をはじめとする種々の色素沈着に短期間で大きな効果が得られるようになった13)。Mexameterで測定したメラニン値は、診察の際の治療効果の評価においてのみならず、bleaching
stepからhealing stepに移行するタイミングの判断の際にも、色素沈着の客観的指標として大変有用である14)。
本治療の作用機序については詳細は不明である(注意:すでにかなり作用機序が明らかになった、他の新しい文献を参照されたい:2001年8月)。レチノイン酸自体にもin
vivoでは漂白作用がある9)とされてはいるものの、単独使用の効果と比較すると明らかな違いがある。ハイドロキノンについても同様で、単独使用もしくはステロイド外用剤との併用が本邦でも古くから行われているが、本治療の効果とは大きな違いがある。一方、CO2レーザーなどでピーリングを施した後にハイドロキノンを使用しても本治療と同様の効果は全く得られないことからレチノイン酸のピーリング、角質剥離作用が本治療において中心的な役割を果たしているとも考えにくい。われわれの予備実験から、in
vitroにおいてはレチノール酸自体のメラノサイトに対するメラニン産生抑制作用やチロジナーゼ活性抑制作用はハイドロキノンと比較すると非常に弱く、またハイドロキノンとの相乗効果も特に見られないことから、レチノール酸の持つ角化細胞増殖促進効果、ターンオーバー制御作用が大きく寄与していると考えられる。われわれの経験では、実際に使用する際に皮膚炎を嫌うあまりステロイド外用を併用すると効果が大きく損なわれる。このことはレチノイン酸が角化細胞に与える増殖促進などの作用をステロイドが妨げることに起因すると思われる。
ケミカルピーリングに使われるトリクロル酢酸やフェノールなど薬剤は細胞毒性や蛋白凝固作用があり、表皮および真皮を壊死、腐食させ、その後の通常の創傷治癒に期待するものである。レチノイン酸がケミカルピーリングの1種として扱われている場合もあるが、レチノイン酸(all-trans
retinoic acid)の場合はそれをリガンドとする受容体が核内にあり、数多くの標的遺伝子の発現を制御しており7)、他のケミカルピーリングの薬剤とは全く異なっている。
本療法の問題点はやはりその副作用である皮膚炎である。炎症を引き起こす薬剤を使用する場合は治療に伴う炎症が新たな炎症後色素沈着を引き起こす可能性があることを常に念頭において慎重に治療を行う必要がある。乳酸はαヒドロキシ酸(AHA)の一つで角質剥離作用があるが刺激があるため、現在はhealing
stepのハイドロキノンは10%アスコルビン酸との混合軟膏として使用している。アスコルビン酸は抗酸化作用があり漂白作用のみならず紫外線による皮膚の障害を防いだり3)、混合することによりハイドロキノンの酸化を防止する役割も果たす。
炎症後色素沈着は自然消退が期待できるため通常は発症当初は経過観察もしくは副作用の少ないマイルドな治療を行うことが第一選択である。例えば、アスコルビン酸(ビタミンC)やトラネキサム酸(トランサミン)の内服、アスコルビン酸、コージ酸、アゼライン酸、アルブチン10)など副作用の少ない美白剤外用などである。ハイドロキノンの外用は特に高濃度になると灼熱感、皮膚炎が生じるため注意を要する。たとえ発症から長期間経過しても色素沈着が消退しないような症例でも色素の薄い(メキサメーターの相対的メラニン値で15以下)場合は、炎症を伴う積極的な治療は慎重を期すべきであろう。一方、色素の濃い症例(特に自然消退の期待できない長期間経過した症例)では、本療法のような強力な漂白治療が非常に有効である。メキサメーターで測定する相対的メラニン値で30以上のものに関しては初めから本療法を行った方が良いと考えている。
まとめ
炎症後色素沈着の患者に対して、レチノール酸、ハイドロキノンを用いた治療を行った。12週以上経過観察が可能であった症例において87%の有効率が認められた。短期間での治療が可能であり、特に色素の強い症例においては非常に有用な治療法と考えられる。
参考文献
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Dermatol Surg 23: 171-174, 1997.
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vitamin C protects porcine skin from ultraviolet radiation-induced
damage. Br. J. Dermatol. 127: 247-253, 1992.
4) Denton R, Lerner AB, Fitzpatrick TB: Inhibition of melanin
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betamethasone valerate in the therapy of melasma. Cutis 23:
239-241, 1979.
9) Kligman AM, Willis I: A new formula for depigmenting human
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action in human melanocyte culture. J. Pharmacol. Exp. Ther.
276: 765-769, 1996.
11) Nordlund, JJ: Postinflammatory hyperpigmentation. Dermatol.
Clin. 6: 185-192, 1988.
12) 吉村浩太郎、波利井清紀:老人性色素斑に対する新しい治療法.日本形成外科学会会誌17: 630-639,1997.
13) Yoshimura K, Harii K, Aoyama T, Shibuya F, Iga T: A new
bleaching protocol for hyperpigmented skin lesions with a
high concentration of all-trans retinoic acid aqueous gel.
Aesthetic Plastic Surgery, in press.
14) Yoshimura K, Harii K, Aoyama T, Masuda Y, Iga T: Usefullness
of a narrow-band reflectance spectrophotometer in evaluating
effects of depigmenting treatment. Aesthetic Plastic Surgery,
in press.
ABSTRACT
A bleaching treatment for postinflammatory hyperpigmentation
with a high concentration of all-trans retinoic acid
gel.
Kotaro Yoshimura, Kiyonori
Harii, Takao Aoyama*, and Tatsuji Iga*.
Department of Plastic, Reconstructive and Aesthetic Surgery,
*Department of Pharmacy,
University of Tokyo,
7-3-1, Hongo, Bunkyo-Ku, Tokyo 113-8655, Japan
A new bleaching treatment
with a high concentration of all trans retinoic acid
(atRA) aqueous gel and hydroquinone- lactic acid
ointment was performed for postinflammatory hyperpigentation.
AtRA gel (0.1-0.4%) was topically applied twice a
day along with 5% hydroquinone, 7% lactic acid ointment
to the skin lesions, followed by a few weeks’ application
of corticosteroid ointment. The results of 23 patients
which were followed up for more than 12 weeks were
estimated with a spectrophotometer. Nine cases have
the lesion on the face, 6 cases on the trunk, 5 cases
on the unpper extremities, and 3 cases on the lower
extremities. Nine cases were evaluated as “excellent”,
11 cases as “good”, 2 cases as “fair”, and 1 case
as “poor”. Overall success rate (better than “good”)
was 87.0 %. It is suggested that our bleaching protocol
with a high concentration of atRA aqueous gel in
combination with hydroquinone and lactic acid has
a strong bleaching ability and a potential as a standard
therapy for postinflamatory hyperpigmentation, especially
in cases with intense pigmentation.
図1. 症例1: 60歳、男。前額部の裂創の周囲に生じた炎症後色素沈着。治療前の状態。RMVは41.0。
図2. 症例1: 治療開始後5ヶ月の状態。色素沈着は消失している。RMVは-1.3。
図3. 症例2: 28歳、男。臀部の分層皮膚採皮創に生じた炎症後色素沈着。治療前の状態。RMVは38.7。
図4. 症例2: 治療開始後12週の状態。色素は消失し、むしろ脱色素を呈している。RMVは-23.4。
図5. 症例3: 25歳、女。大腿部後面の擦過創後に生じた炎症後色素沈着。治療前の状態。RMVは91.3。
図6. 症例3: 治療開始後12週。色素はほぼ消失している。RMVは13.1。
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