レチノイン酸はニキビの外用治療薬として米国で認可された後、皮膚の老化特に紫外線による光老化の諸症状に効果があるとして1980年代後半から大きく取り上げられた。その後近年になって、レチノイン酸の外用剤の基剤をwater/oilクリームとして保湿効果を高めた形で製品化され、初めて光老化の小じわなどを適応疾患としてFDAに認可された(Renova?;
atRAの濃度は0.05%のみ; 大きなしわには効果がないとの注釈付き)。レチノイン酸は使用初期においては表皮のresurfacingを行うとともに、徐々に真皮においては線維芽細胞のコラーゲン産生を促進する(TGFβの関与が示唆されている)。真皮乳頭層の血管新生を促し、皮膚の血行も良くなる。このように皮膚のanti-aging治療として大きな注目を浴びている療法であり、本邦における認知度も高まってきた。
[外用剤]
0.1-0.4% atRA水性ゲル(以下、atRAゲル)、5%ハイドロキノン・7%乳酸プラスチベース(以下、ハイドロキノン乳酸軟膏)、及び5%ハイドロキノン・10%アスコルビン酸親水軟膏を独自に調剤して使用している。すべて(特にレチノイン酸)成分は不安定であるため、毎月1回調剤し冷暗所に保管する。
[使用方法]
対象はもちろん顔面である。0.1%atRAゲルを1日1回使用する。この場合、親水軟膏、ワセリンなどの基剤を用いても良い(この場合濃度をやや上げるか使用回数を増やす)。ハイドロキノン乳酸軟膏を併用して、漂白治療も合わせて進めても良い。AtRA水性ゲル単独で使用する場合は保湿剤を併用すると良い。紫外線はbroad-spectrumのサンスクリーンで十分遮断する必要がある。当初、反応性の皮膚炎が見られるが使用を継続するととも自然に消失していく。皮膚炎があまり見られない場合は徐々に回数を増やすか、濃度を上げていく。あまり皮膚炎が強い場合は使用回数を減らして調節する。長期的に使用することが大切で、老化は加齢とともに進行していくわけであるから半永久的に使用すればよい。反応を見ながら徐々に濃度をあげていくことも効果があるし、薬理効果をあげるために計画的な間歇的使用(2-3ヶ月治療後、1-2ヶ月中止することを繰り返す)を行うことも良いと思われる。
[治療効果]
小じわの治療効果の客観的評価は難しい。美容治療であり繊細な改善であるため、患者の主観的評価が優先されることが多い。2-3ヶ月継続的な治療を続ければ、主観的にも、また他人から指摘されたりして、改善を自覚する患者は多い。通常は2-3ヶ月の治療で、色が白くなった、化粧ののりが良くなった、つやが出るようになった、などという表現で改善を自覚する患者が多い。治療開始1ヶ月の間に表皮のresurfacingが起こり、つやなどその効果を認識できることも多いが、その後継続的に使用することにより真皮レベルでの小じわや張りなどの効果が現れてくる。レチノイン酸の治療では皮膚が赤みを帯びる(rosy
glow)場合が多く、そのことを指摘する患者も多いが、灰白色や黄ばんだ状態の老化皮膚が本来の良好な血色を取り戻したと理解させることが必要である。
老化した皮膚の特徴は、組織学的には表皮が萎縮して薄くなり、表皮角化細胞は極性を失いつぶれてみえる。真皮乳頭は平坦になり、真皮はコラーゲン線維が失われ萎縮し、炎症細胞の浸潤が見られる。臨床的には、皮膚は菲薄化し張りや弾力を失い、黄色くなりざらざらしてしわが目立ってくる。さらに血管拡張やぶち模様のしみもめだってくる。これらのほとんどすべての症状を改善する作用をatRAは持っているといえる。
レチノイン酸の光老化に対する効果については、臨床上の改善、組織学的改善、長期使用後の評価など米国を中心に数多くの論文があり、疑念の余地はないといえる。AtRAの作用によって表皮は肥厚し、コラーゲン産生が刺激され真皮も厚くなり皮膚の張りが出てくる。表皮角化細胞間や角質に粘液性物質(ヒアルロン酸といわれている)が沈着し、みずみずしくなる。灰白色から茶褐色の肌の色はやや赤みを帯び、血色が良いように見える。皮膚のざらつきがなくなり、つやがよくなる。細かく散らばるシミも薄くなってくる。こう列記してしまうとまるで夢の薬のようであるが、長期的に使われている米国ではその鮮烈なデビュー当時からみればやや期待外れという印象を持っている人も少なくない。しかし、その使い方は非常に奥が深く、使い方次第で結果は大きく左右される。より高濃度の外用剤をうまく使ってその効果を最大限に引き出すことが可能であり、その潜在的な治療効果や適応疾患はまだ今後大きな広がりを見せるであろう。
[他の治療法との併用]
皮膚の若返りrejuvenation治療を考える場合、小じわ、ガサツキに加え、シミ、表情ジワ、たるみ、老人性疣贅、ほくろなど綜合的に治療していくことが重要である。そのため、ピーリング、レーザー、液体窒素、ボツリヌス毒素、コラーゲン注入、アブレージョン、face
liftなどの外科的手術など様々な治療法を常時備えておくことが、日常の皮膚治療にゆとりを与え大きなアドバンテージとなり、また患者との良好な信頼関係にもつながる。
症例
症例1(図1A-D). 61歳、男性。顔面に広く多発する老人性色素斑などを主訴に来院(治療前: 図1A,B)。0.1%atRAゲルとハイドロキノン乳酸で治療を開始。約5ヶ月間使用した後の状態では、血色も良く、皮膚につやと張りが出て、若返り効果が顕著であった(5ヶ月後: 図1C,D)。
症例2(図2A-D). 56歳、女性。頬部の雀卵斑様の色素斑や小じわなどを主訴に来院(治療前: 図2A)。0.1%atRAゲルとハイドロキノンで治療を開始。この症例はやや多めに塗布したこともあって、1週間でピーリング後のように落屑とともに強い皮膚炎が現れた(1週後: 図2B)。1週間塗布を中止した後、再開して治療した(2週後: 図2C)。0.2%に途中で変更した。10週間の治療で色素斑の消失のみならず、美白効果、皮膚のつや、張り、小じわに効果が見られた(10週後: 図2D)。
症例3(図3A,B). 57歳、女性。小じわやシミなどを主訴に来院(治療前: 図3A)。0.1%atRAゲルとハイドロキノンで治療を開始。ホクロを炭酸ガスレーザーで切除した。4ヶ月の治療で十分、美容効果が得られた(4ヶ月後: 図3B)。
症例4(図4A,B). 68歳、女性。小じわ、雀卵斑様のシミ、たるみなどを主訴に来院(治療前: 図4A)。0.1%atRAゲルとハイドロキノンで治療を開始。途中、0.2%、0.4%にatRA濃度を上げた。5ヶ月間の治療で皮膚の張り、つや、色など若返り効果が認められた(5ヶ月後: 図4B)。
参考文献
1. 吉村浩太郎 レチノイン酸を用いたfacial
rejuvenation?治療に必要な外用剤、スキンケア? 形成外科, 42: 801-806,
1999.
2. Griffiths CE, Voorhees JJ: Topical retinoic acid for photoaging:
clinical response and underlyng mechanisms. Skin Pharmacol.
6(suppl 1): 70-77, 1993.
3. Kligman AM, Leyden JJ: Treatment of photoaged skin with
topical tretinoin. Skin Pharmacol. 6(Suppl 1): 78-82, 1993.
4. Kligman, A. M., Grove, G. L., Hirose, R., and Leyden,
J. J. Topical tretinoin for photoaged skin. J. Am. Acad.
Dermatol. 15: 836-859, 1986.
注意:図に関しては、メディカルコア社、美容皮膚科学(平成12年発刊)をご覧ください。
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