はじめに
脂肪組織の中の脂肪前駆細胞preadipocytes(血管間質細胞vascular
stromal cellsとも呼ばれた)の存在は古くから知られていたが、この脂肪前駆細胞に間葉系をはじめとする多分化能があることが近年指摘され[1-2]、新たにadipose-derived
stromal (stem) cells (以下ASCs)とも称されるようになった。全世界で毎年100万件を超えると言われる脂肪吸引術において廃棄される吸引脂肪は骨髄に代わる再生医療の細胞源として注目を浴びるようになり、その採取の担い手である形成外科医にとってもその意義は非常に大きい。
これまでに多くの研究によって、ヒトASC(hASC)が脂肪、骨、軟骨、骨格筋、心筋、血管、肝臓などの方向へ分化することが示されてきた[3-11]。われわれも臨床応用に向けて、実際の細胞源となる脂肪吸引吸引物(liposuction
aspirates)に特に注目し、吸引脂肪を切除脂肪と比較し、また吸引物の中の、浮遊する吸引脂肪部分および下層の吸引廃液部分から採取される細胞群についてそれぞれ分析、比較検討した[12]。また、この細胞群を脂肪移植に補助的に利用する組織増大術を考案し、ASCが果たす機能について検討した。
1. 吸引脂肪(aspirated fat; lipoaspirates)の特徴
脂肪吸引によって得られる吸引脂肪は、径2-3mmの金属カニューレを通して得られる破砕された脂肪組織である。機械的な破砕されているだけでなく、トゥメセント吸引法により大血管や神経などを可及的に傷つけないような配慮をもって採取された脂肪組織である。すなわち、吸引脂肪は大きな血管や神経に乏しく、その周囲の結合組織も乏しい。破砕されているがゆえに、組織の小片が浮遊しているとともに、機械的に破壊された成熟脂肪細胞も多く含まれている。これらの特徴は、光顕、電顕で、吸引脂肪と切除脂肪組織(excised
fat)とを比較検討することによっても確認することができる(図1)。
さらにそれぞれからASCを単離すると、吸引脂肪からは正常脂肪組織と比べると有意に少ない数(平均48%)のASCしか採取されないことがわかった。すなわち、吸引脂肪組織は正常脂肪組織と比べると、幹細胞(前駆細胞)が相対的に欠乏している。吸引脂肪組織にASCが少ないことは、上記の大血管が乏しいことに加え、機械的な破砕や内因性の酵素反応などにより、吸引手術中や吸引瓶内での保存中にASCが廃液中に遊離されている可能性もある。ASCが吸引脂肪から遊離されることは、吸引廃液からもASCが単離される(後述)ことからも明らかである。
2. 脂肪吸引吸引物(liposuction aspirates)
脂肪吸引で採取される吸引物は、吸引瓶の中で二層に分離される。上層は、浮遊する吸引脂肪から成り、下層は吸引廃液からなる。この吸引廃液は、トゥメセント液(生理食塩水、リドカイン、アドレナリンなど)、末梢血、組織破砕小片などからなる。ここでは、上層(吸引脂肪)、下層(吸引廃液)から採取された細胞成分(採取された新鮮なものをstromal
vascular fractions; SVFと呼ぶ)を、それぞれprocessed lipoaspirate
(PLA) cells、liposcution aspirate fluid (LAF) cellsと
呼ぶ。
3. PLAとLAF
両者の細胞を新鮮な状態、培養した状態で比較検討した。どちらも脂肪由来細胞と血液由来細胞を含んでいるが、廃液由来のLAFの方が圧倒的に多くの血液由来細胞を含んでおり、脂肪吸引術中の出血量に影響を受ける。採取した新鮮な状態において、PLA細胞とLAF細胞はほぼ同数であるが、接着培養するとPLA細胞は有意に数が多い(標本により1.5から10倍)。PLA細胞はLAF細胞に比べて、脂肪由来細胞(CD45−)を多く含み、血液由来細胞(CD45+)の割合が小さい。LAF細胞は新鮮な状態でも相当数のCD34+CD45-細胞(脂肪由来細胞;大半はASC)を含んでおり、さらに培養すると、培養PLA細胞とその形態、培養倍化時間、多分化能(脂肪、骨、軟骨)、細胞表面抗原発現が酷似しており、吸引廃液にも相当数のASCが含まれていることが明らかとなった[12]。
4. SVFの細胞組成
吸引脂肪、吸引廃液それぞれから採取したSVF(=新鮮PLA細胞、新鮮LAF細胞)中の赤血球を溶解バッファーで処理した後にマルチカラーFACSを用いて、表面抗原の違いによりSVF中の細胞の組成を分析した。PLA、LAFにおいて、脂肪由来細胞がそれぞれ30〜50%、3〜15%を占め、残りを血液由来細胞が占めていた。脂肪由来細胞の大半はCD34+細胞で、その多くはASC(CD31-CD34+CD45-CD90+CD105-CD146-)であり、部分的に血管内皮(前駆)細胞(CD31+CD34+CD45-CD90+CD105lowCD146+)を含んでいた12。ほかに血管周細胞や線維芽細胞の特徴を示す細胞が含まれていることが認められた。SVFの構成細胞を表1にまとめた。
5. 培養ASCの細胞表面抗原発現の変化
ASCを接着培養すると新鮮時には発現がなかったCD105(endoglin; 間葉系幹細胞のマーカーの1つ)の発現が新たに見られるようになる[12]。培養を続けると、CD34の発現は徐々に減少し、DMEMで培養していると約2週間でCD34の発現がなくなるが、培養方法によってはCD34の発現を長期的に維持することも可能である。また、ASCは培養方法によりその表現形を大きく変えることもわかっており、Flk-1の強い発現を誘導することも可能である13。培養PLA細胞と培養LAF細胞の主な細胞表面抗原の発現(培養1週、4週、10週)を表2に示す。
6. 間葉系前駆細胞におけるASCの特徴
ASCは、皮膚線維芽細胞をはじめ、骨髄由来間葉系幹細胞(BM-MSC)、臍帯由来幹細胞など間葉系の組織前駆細胞と形態的には類似しており、またいずれも接着培養にて容易に増殖させることができる。細胞表面抗原の発現で比較すると、ASCはBM-MSCと非常に似ているが、CD34の発現が特に新鮮時や培養期間が短い時期には非常に高い特徴を持つ。培養法によっては20回継代しても20%近い細胞でCD34発現を維持することも可能である[12]。培養線維芽細胞はCD34の発現が乏しいだけでなく、CD105やCD146の発現がほとんどない点において培養ASCと明確に異なっている(図2)。
7. 吸引脂肪移植をASC(SVF)で補助する−Cell-Assisted
Lipotrasfer (CAL)
前述のごとく、吸引脂肪は正常脂肪組織に比べて含有ASCが少ない。このことは吸引脂肪組織の注入移植後に移植された脂肪組織の生着や長期的な維持に不利な条件を与えている可能性がある。脂肪注入という治療法は、血行がない遊離複合組織移植であり、血行が不安定であることから、移植組織の部分壊死による不確実性や不安定な組織の持続性、偽嚢疱や石灰化の形成などが問題とされる。しかし、移植治療において瘢痕を残さないという美容治療の観点からは絶対的長所を持っており、その欠点が解消されることの意義は非常に大きい。
移植材料のASC欠乏状態を補填する目的で、吸引脂肪にASCを加え接着させて、ASC-rich脂肪の状態で移植する方法を、Cell-Assisted
Lipotrasfer (CAL)と名づけ(図3)、実験的な検討を行った[17]。
8. CALの動物実験による有効性
CALの有効性を検討する目的で、ヒト吸引脂肪に4倍量の吸引脂肪から得られるASCを加えてSCIDマウス皮下への移植実験を行った。移植脂肪はASCを加えたときに有意に大きく、特に周辺部における新生血管の違いが認められ、中心部の壊死範囲が小さかった。DiIでラベルしたASCは移植脂肪の結合組織内や成熟脂肪細胞の間に挟まれるように存在していた。移植脂肪内にはvon
Willbrand factor抗体で免疫染色されるASCが存在し、血管内皮細胞に分化していることが示唆された。同様に、GFPラット(SDラット由来)を使って、GFPラット由来ASCをSDラットの破砕脂肪と混合して移植した実験で、GFP陽性の血管内皮が認められ、やはり血管内皮細胞への分化が示唆された(図4)。
9. CALにおけるASCの役割
CALにおけるASCの役割は4つ考えられる。1つは、ASCが成熟脂肪細胞に分化し、移植脂肪の脂肪細胞の一部を構築すること。ラベルされた成熟脂肪細胞は実験的には認められなかったが、実際には成熟脂肪細胞は大半が蓄積された中性脂肪が占めており細胞質のラベリングは至難であることが知られている。ASCは従来から脂肪前駆細胞と呼称され、成熟脂肪細胞と共培養すると脂肪細胞への分化が刺激されることは知られており[14]、移植後急性期の炎症や接触している移植脂肪の刺激により脂肪細胞への分化は十分に考えられる。2つめは、ASCが血管内皮細胞へ分化し、急性期の血管新生に寄与すること。ASCが血管内皮細胞へ分化することは最近の複数の研究[10,11,13]においても、またわれわれの研究においても確認された。3つめは、未分化なASCの状態で移植脂肪に存在し、前駆細胞として来たる脂肪細胞のターンオーバーに備える。われわれの研究により、本来のASCと同じように結合組織内や脂肪細胞間に存在することが確認された。4つめは、移植直後の低酸素(阻血)状態により血管新生誘導因子を放出することにより、血管新生を誘導し、移植組織の生着に寄与すること。他の研究により、ASCは低酸素状態でVEGFやHGFなどの血管新生作用を持つ増殖因子を放出することが知られている[15]。こういった液性因子がパラクラインで周囲の組織に作用し、血管新生が促進されることが考えられる。
10. ASCの臨床応用に向けて
実際の臨床応用においては安全性の観点から、可能であれば自己由来細胞で、かつ培養しない状態(minimal
manipulation)で利用することが望まれる。米国FDAは2004年11月にヒト組織・細胞由来製品の製造基準[16]を制定し、この規則から除外される組織や細胞の例として、血行再建される移植臓器、minimal
manipulationされた骨髄組織、他動物由来製品、全血および血液成分、分泌もしくは抽出された製品(母乳、細胞増殖因子、コラーゲンなど:精液はのぞく)、体外での診断用製品、他家由来心臓弁・硬膜などを挙げている。製品を判断する際の項目として、@自己由来か他家由来か、A生きているか死んでいるか、B新鮮なものか一度保存されたものか、C本来の機能(homologous
use)かそれ以外の機能か、Cminimalかminimal以上のmanupilationか(注1)、D局所で作用するものか全身に作用するものか、E他の薬品やデバイスと組み合わせて使用するどうか、などを挙げている。これらのどれか1つに抵触する場合は、臨床研究を行う前に、FDAの承認が必要となった。
500cc程度の吸引脂肪が採取できるようであれば10の8乗個単位のASCが採取できることが想定され、新鮮細胞の状態でも実用化可能な細胞数を確保できると思われる。実際には安全性のみならず、細胞の質的な問題も存在する。ASCは培養期間が長くなるとCD34陽性細胞が減少する、HLA-A,B,Cの発現が減少する7など、その機能的性質、表現型も変化することがわかっている。従って、再生医療のとくに初期の段階においては新鮮ASCの状態での臨床研究が主流となると推察される。
(注1)Minimal Manipulation: processing
that does not alter the biological or relevant functional
characteristics of cells or tissue.
細胞の生物学的・機能的性質を変えない範囲の加工行為を指す。具体例として、組織の切断・破砕・、アフェレーション(遠心による血球分離)、細胞の薬液などによる洗浄、細胞のソーティング、細胞の凍結保存、Ficollなどの密度勾配遠心分離溶液による細胞分離、ガス滅菌や放射線滅菌、などが挙げられている。
図1.吸引脂肪と切除脂肪の形態学的比較
(ともに同一患者の腹部より採取して比較;A、C、Eは吸引脂肪、B、D、Fは切除脂肪)
A、Bはパラフィン標本のHE染色。C−Fは走査電顕標本(C、Dは弱拡大、E、Fは強拡大)。基本構造はどちらもほぼ同様であるが、吸引脂肪には大血管が非常に少ない。吸引脂肪の場合は、細いカニューレにより大血管や神経を傷つけないように採取されていることによると思われる。
図2.培養ヒト脂肪由来幹細胞(ASC)、培養ヒト骨髄由来間葉系幹細胞(MSC)、培養ヒト真皮由来線維芽細胞(DF)のマルチカラーFACS分析
形態的にはいずれも線維芽細胞様であり近似している。ASCはMSCとDFに比べて、CD34の発現が顕著であり、ASCとMSCはCD105(間葉系幹細胞のマーカーとしても使われる)やCD146(血管内皮細胞、周細胞のマーカーとしても使われる)の発現が見られる点がDFとは明らかに異なっている。
図3.Cell-Assisted Lipotransfer (CAL)の基本概念
吸引脂肪は切除脂肪に比し、含まれているASCの数が少ない。ASCが相対的に欠乏している脂肪にASCを加えて接着させることにより、ASC-rich脂肪として移植材料とする。
図4.GFPラット由来ASCとSDラット由来破砕脂肪との混合移植(CAL fat)(SDラットに移植されている)
CAL fat内には、血管内皮のマーカーであるvon Willebrand factor(vWF)陽性の血管内皮が認められるが、その一部はGFP陽性であり、ASCが血管内皮に分化したことを示している。血管壁全体がASC由来である血管もあれば、壁の一部の内皮がASC由来の血管も見られる。無論、宿主由来の血管も多く認められる。
表1.吸引脂肪から採取される脂肪由来細胞群の組成一覧
吸引脂肪から採取されるSVFは、脂肪由来細胞(CD45-)と末梢血由来細胞(CD45+)から成る。脂肪由来細胞のうち、成熟脂肪細胞は処理過程で破壊もしくは廃棄される。SVFの中に含まれる脂肪由来細胞は不均一な細胞集団であるが、その大半はASCである。
表2.培養PLAおよびLAF細胞の細胞表面抗原発現(培養後1週、4週、および10週)
新鮮な状態ではLAF細胞には多くの末梢血由来細胞が含まれており、PLA細胞とはその組成、表面抗原発現が大きく異なっているが、培養すると非常に似通っている。培養法によっては、10週間培養しても10〜20%の細胞でCD34の発現は維持されている。
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