Cosmetic Medicine in Japan -東京大学美容外科- トレチノイン(レチノイン酸)療法、アンチエイジング(若返り)
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トレチノインを用いた美容皮膚治療

 東京大学医学部形成外科 吉村浩太郎

 

美容治療におけるトレチノインの役割と作用機序
美容治療には、美容手術などの外科的な手法、レーザーやピーリングなどの皮膚科的な手法、ホルモン治療などの内科的な手法が存在するが、90年代に入り注入剤filler、レーザー治療、ケミカルピーリング、ボトックスなど美容皮膚治療法の急速な発展に伴い、我が国においても皮膚の美容治療は大きな関心を持たれるようになった。レチノイド外用剤は我が国では未認可であるが、尋常性?瘡・色素沈着・老化皮膚などの美容治療として、また創傷治癒促進作用を利用してリサーフェシング治療の前療法として、有効性が高いことが明らかになってきた。
トレチノイン(all-transレチノイン酸)は核内のレチノイン酸受容体(retinoic acid receptor; RAR)の天然リガンドとして、生体内におけるレチノイド、カロテノイドの生理活性の主役を担っている。RARはレチノイドX受容体(retinoid X receptor; RXR)とヘテロ二量体を形成し、遺伝子上の特定認識エレメントに結合する。トレチノインは海外では尋常性?瘡の治療薬として古くから使用されているが、光老化の諸症状を改善する効果があることが明らかにされてきた。多くの基礎研究を通して、紫外線によるelastosis、細胞外基質分解酵素(MMP)活性の上昇、真皮内細胞外基質産生の減少などのしわ形成のメカニズムに対して、直接的に、また抗AP-1作用などを通して、抑制的に働くことが示され、抗老化目的でも海外では広く使用されるようになった(90年代半ばにFDAに抗老化目的でも認可された)。



トレチノインは1975年Kligmanらによる漂白処方の報告以来、色素沈着にも効果があることが言われてきたが、その作用機序については不明であった。我々は、皮膚の老化治療の中でも特に色素沈着(しみ)に対するトレチノインの高い治療効果に注目し、1995年より12,000名を超える患者に対して臨床を重ねてきた。その中で独自のプロトコールにより色素沈着に対しては高い臨床効果を示すことを明らかにし、トレチノインが表皮メラニンの排出を促進するという作用があることを提唱した。メラニンの少ない白人社会ではむしろ小じわ(真皮の変性)や皮膚の癌化の方に関心が高い傾向があり、一方、有色人種であるアジア人では白人に比べて真皮の老化が軽度で、美容的にはシミなどの色素沈着に対する愁訴が多いという特徴がある。白人社会においてはトレチノインは小じわなど光老化皮膚の改善を目的に顔全体に使用され、その副作用である皮膚炎を伴うことからマイルドな治療が推奨されてきた。しかし、局所的にアグレッシブに作用させることで効率的に表皮メラニンの排出されることが明らかとなり、さらにレーザー治療に抵抗性の表皮内色素沈着にも有効性が高いことがわかった。
レチノイン酸はin vitroにおいては決して一定の表皮角化細胞の増殖促進作用を示すわけではないが、in vivoにおいては普遍的に表皮の肥厚をもたらし、この作用は動物種、ヒトを問わず、さらに我々が行ったヒト3次元培養皮膚モデルにおいても認められた。細胞成分としては表皮角化細胞と線維芽細胞のみが含まれる3次元培養系においても表皮肥厚が認められたことは、これら細胞間の相互作用によるメカニズムがあることを示唆した。1999年にトランスジェニックマウスの研究(ミシガン大学)からsuprabasal keratinocytesからのHB-EGF分泌によるパラクライン作用の関与が示唆され、その後レチノイン酸による表皮肥厚の誘導メカニズムが今日までにほぼ明らかになった。我々も、ヒト細胞においてもHB-EGFが誘導され、様々なレチノイドによってその誘導能に違いがあること、RARγが関与していることが予想されることを示した。レチノイン酸には本来、表皮の分化誘導作用(表皮ターンオーバー促進作用)があるため、HB-EGF分泌との相乗作用により、表皮メラニンの排出が行われていることが示唆された。また、最近このHB-EGF分泌促進はRARγ-RXRαが仲介していることが示された。臨床的には、ADM(後天性真皮メラノサイトーシス)など表皮と真皮双方にメラニン色素をもつ組織の分析により、レチノイン酸が表皮メラニンのみを排出する作用があることが明らかとなった。
以上のような作用は、レチノイドに特有の作用であり、臨床的にはレチノイドの持つ意味は大きく、老化に伴う皮膚の機能的衰えを改善するのみならず、老化皮膚に対する美容治療に大きな進歩をもたらすことになった。レーザー治療との組み合わせにより、これまで治療が不可能であった多くの色素沈着を治療することが可能になり、さらに、これまで黄色人種特有の炎症後色素沈着が起こるがゆえにわが国では敬遠されてきた、効果は高いが炎症を伴う様々な美容皮膚治療(リサーフェシングほか)が日本人にとっても現実的なものとなった。しかし、残念ながら現在、日本ではまだレチノイド外用剤は未認可で自家調合によるしかなく、また唯一の副作用といえる治療中の皮膚炎も今後の解決が待たれる課題である。

トレチノインを用いたシミ治療の実際
トレチノインの作用を最大限に利用することにより、多くのシミ治療に効果をあげることが可能である。トレチノインのシミ治療における役割は、表皮内のメラニンを排出させることであり、メラノサイトのメラニン産生を抑えるハイドロキノン(ヒドロキノン)との併用により、表皮内メラニンに効果をあげることができる。重要なポイントは、@トレチノインを狭い範囲(シミの部分だけに)でアグレッシブに使用すること、Aステロイドを使用しないこと、Bトレチノインとハイドロキノンは混合せず、別々に準備すること、Cトレチノインとハイドロキノンそれぞれの作用機序を理解すること(させること)、D対象疾患のメラニンの局在状態に応じて適切なプロトコール(レーザーとの併用を含む)で治療を行うこと、である。
トレチノインを最適量投与することにより表皮メラニンの効率的排出が可能となる。ステロイドは皮膚炎を抑えてくれるが、レチノイドの持つターンオーバー促進、メラニン排出効果を抑えてしまう。トレチノインはハイドロキノンと併用することにより排出治療が可能となるが、その後の炎症を炎症後色素沈着を残さずに冷ますためにハイドロキノンだけを最低4週間程度使用する必要がある。トレチノインはレーザー治療ができない肝斑や炎症後色素沈着にも高い有効率を示すが、日光性色素斑のように角質が厚い場合やADMのように真皮内に色素沈着がある場合にはレーザーとの併用が必要となる。角質が厚い場合は外用治療の有効性が落ちるためにレーザー治療を先に行い、誘発された炎症後色素沈着をトレチノインを用いて治療する形をとると無難である。真皮内のメラニンを効率的に治療するためにも、またレーザー治療後の炎症後色素沈着を予防するためにもトレチノイン・ハイドロキノンによる表皮の漂白治療をレーザー治療の前療法として行うことの意義は大きい。治療対象の適切な臨床診断(もしくは組織診断)が重要で、レーザー治療との併用によりほとんどの種類のシミ治療が現実的なものとなってきた。



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