Cosmetic Medicine in Japan -東京大学美容外科- トレチノイン(レチノイン酸)療法、アンチエイジング(若返り)
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日光性(老人性)色素斑・脂漏性角化症の治療

東京大学医学部形成外科  佐藤克二郎、吉村浩太郎 (2004年7月)

 

1)鑑別診断のポイント
 日光性(老人性)色素斑はトレチノイン治療の適応があるが、脂漏性角化症には適応がない。(1, 2)。日光性色素斑でも角層肥厚が見られるものは外用剤の浸透・吸収が落ちるので、Qスイッチルビーレーザーなどのレーザー治療が望ましい。脂漏性角化症はやはり炭酸ガスレーザー(スキャナー付)などの治療が望ましい。
 鑑別には脂漏性角化症の表面が疣状になっていることや、日光性(老人性)色素斑に比べ厚く、境界が明瞭であることが参考になる。拡大鏡を使うと日光性(老人性)色素斑は色素性母斑やメラノーマにも共通する網目状の色素像が確認できる。ただし、顔面の一つの色素斑内に日光性(老人性)色素斑と脂漏性角化症、日光角化症を含む他の色素斑が混在することもあるので、注意を要する。
 
2)治療適応と治療法の選択
角層の薄い日光性(老人性)色素斑はトレチノイン治療単独で十分な効果があるが、厚みのある場合はトレチノイン単独では奏功せず、筆者らはQスイッチルビーレーザーの照射を前処置としておこなっている。表皮のみの剥離が可能であれば他のレーザー(色素、アレキサンドライトなど)でもかまわない。一度表皮剥離を起こし、表皮再生の後に炎症後色素沈着が見られればそれに対してトレチノイン療法を行う。四肢の日光性(老人性)色素斑では、やはりレーザー照射を行った方が良い。同様にレーザー後の炎症後色素沈着はトレチノイン療法で治療できる。四肢・躯幹の場合、皮膚の再生能力が顔面より劣り、かつトレチノインへの感受性も悪いため顔面に比べ治療はやや難しい。炭酸ガスレーザーでも「表皮を削る」目的を達するが、瘢痕形成の面から美容的にQスイッチルビーレーザーに劣る。またグリコール酸などによるピーリングは、角層が肥厚している場合には無論不利であるばかりでなく、不必要に正常な周囲皮膚を傷害してしまう。
 脂漏性角化症にはトレチノイン治療単独では無効である。我々はスキャナー付炭酸ガスレーザーによって、0.4から0.9mm程度のスポットで少しずつ病変部を丁寧に削って治療している。この際に真皮をできるだけ傷つけないように治療することがコツである。この場合はレーザー後に炎症性色素沈着を生じることはむしろ珍しいが、万一生じた場合にはトレチノイン治療を行う。ノーマルパルスルビーレーザーや他のレーザーを利用することも可能である。液体窒素による凍結療法はコストは安いが、治療の程度がわかりにくく複数回に及ぶことがあること、また周囲への炎症性色素沈着を高頻度に引き起こすこと、などの理由で、著者らは使用しない(5, 6)。

3)治療の実際
 トレチノイン治療基礎
 ビタミンA(レチノールretinol)とその類縁化合物であるレチノイド(retinoid)は、生体内では形態形成制御作用、細胞の分化増殖制御などの作用を持っており、その情報伝達は特異的核内受容体を介している。我々はトレチノインを水性ゲル基剤(0.1-0.4%)で使用しており、親水軟膏やクリーム基剤と比較すると数倍、ワセリン基剤とは10倍以上皮膚浸透性が違う。しかし薬剤の安定性は悪いため、自家製剤を作成する場合は定期的に調合し直す必要があり、著者らは1ヶ月おきに作成している(2, 3)。
 トレチノインの外用は表皮内のメラニンの排出を促す。これは表皮角化細胞を増殖させること、および表皮ターンオーバーを早めることによると考えられている。メラニン排出効果と同時に皮膚炎などの副作用が現れる。外用を続けると落屑、紅斑を伴う皮膚炎は徐々になくなる。これはレチノイドへの耐性が獲得されることが原因で、本来の効果も減じていると思われる。
 レチノイド外用剤の副作用として上記皮膚炎症状(落屑、紅斑、irritation等)、それによる炎症後色素沈着、さらに催奇性が挙げられる。炎症後色素沈着はハイドロキノンの併用で防ぐことが可能であるが、皮膚炎については薬理作用を減じずに回避する手段はないのが現状である。外用における催奇形性については実際に吸収され血中に入る量を投与量、吸収率などから考慮すると非常に低いと考えられるが、著者らは妊娠可能な女性には使用中の避妊を義務づけている。

トレチノイン治療一般
 本治療の特長として、医師の施術を必要とせず患者自身によって行われること、広範囲の美容皮膚治療(特に表皮性の色素斑)に適応があること、短期間で大きな効果が得られること、などが挙げられる。
 問題点として、前述のごとく皮膚炎症状を伴うこと、角層剥離により皮膚の乾燥を伴うこと、避妊の必要性、なが挙げられる。
 これらの問題点があるものの、ターンオーバー亢進による強いメラニン排出作用があるため、他のピーリング治療と比べて優れた治療効果がある。
 トレチノイン外用剤は国内では未承認で、海外の既製品では色素斑に対する治療効果が弱いため自家調合した製剤を使用している。調剤法の一例を表1に示す。

トレチノイン製剤は非常に不安定な物質で冷暗所に保管し、月一回程度で未使用分を破棄し新たに調合することが望ましい。著者らは漂白作用のあるハイドロキノン(5%)乳酸(7%)軟膏を併用している。乳酸から角質剥離作用のないため、刺激の弱いアスコルビン酸に置き換えた製剤も用いている。
 治療中は皮膚炎症状が伴うが、化粧は可能である。しかし、落屑亢進を伴うため化粧崩れを起こしやすい。またエタノール入りの化粧品は刺激が強く、治療中は避ける。

日光性(老人性)色素斑
 初診時にレーザーが必要な色素斑(角層が肥厚している顔面のもの、および顔面以外のもの大半)と、そうでない色素斑(角層が肥厚していない顔面のもの)との鑑別をつける。多発混在例ではレーザー照射が必要なもののレーザー治療を先に行い、その後の炎症性色素沈着が生じてから(約4週間)、レーザー照射しなかった色素斑も含めトレチノイン療法を開始するとコスト、時間的に有利である。顔面であれば表面麻酔としてリドカインテープ(ペンレス 、ユーパッチ 貼付剤)を貼付させてから照射すれば痛みが少なくなる。また7−10%リドカインジェル(海外ではEmla Cream AstraZeneca社 本邦では未承認)に相当)を自家調剤できればさらに効果の高い表面麻酔が可能になる。レーザー照射後は2週間後に再診させている。レーザー照射部位は顔面なら4-7日くらいで、四肢なら2週間程度で痂皮がとれていることが多い。レーザー2週後より5%ハイドロキノン製剤の塗布(ビタミンC誘導体ローション外用も併用可)を開始させ、さらに2週間後に再診させる。ここで炎症性色素沈着が認められる場合、トレチノインによる漂白治療を開始する。
 顔面であれば0.1%トレチノイン、体幹、四肢はでは0.2%から使用を開始し、1日2回使用させている。トレチノイン製剤の使用には色素斑にのみ塗布することが肝要で、ベビー綿棒を使用させている。朝は洗顔後など、夜は入浴後に外用させている。多くの患者で開始後2、3日のうちにトレチノイン外用により皮膚炎症状と、ターンオーバーの亢進による落屑を呈する。皮膚は無理に剥かないように指導する。1ないし2週間後の外来時に上記の症状が認められない場合は濃度を上げた製剤に切り替えさせる。四肢であれば、グリコール酸によるホームピーリングの併用を考慮してもよい。逆に効果が強い場合は1日1回、あるいは2日に1回程度に使用頻度を下げさせる。ただし、トレチノインに対しては耐性が生じ徐々に効果が減じてくるため、症状に応じてより濃い製剤に切り替えていく必要があり経過観察も含め2週間ごとの外来通院が必要であると患者に説明している。

(a) (b)
(写真1)40代女性。20代後半から左頬部に色素斑を認め徐々に増大、色調が濃くなった。日光性(老人性)色素斑に対しトレチノイン治療を行った(a:初診時)。8週間ご色素斑はほぼ消失した(b:終診時)。


脂漏性角化症
 スキャナー付炭酸ガスレーザーを用いて切除する。疼痛は些少で通常麻酔は不要であるが、麻酔を十分に得るためにはリドカインテープでは浸透が弱く不十分であり、自家調合のリドカインジェルを使用する方がよい。照射により生じる煙や皮膚片は排煙装置で除去するとよい。
 コツは決して深く切除したり、広く正常部分まで切除・削皮したりしないように丁寧に的確に行うことである。レーザーが真皮網状層に達すると真皮の収縮現象がみられるが、そういった現象が見られる場合は深すぎることになる。あくまで表皮内にとどめる。深い場合は、脱色素、瘢痕、炎症後色素沈着などを起こしやすい。
 照射後に残る焼けた組織は毎回その都度生理食塩水ガーゼで拭き取る。照射完了後は氷水などで冷却させ、抗生物質含有軟膏を塗布させるのみで帰宅させている。治療後は洗顔を許可し、患者自身にその都度軟膏塗布させて、軟膏の上からのメイクアップも許可している。術後の発赤の消退には通常は1-2週間、ときとして数週間かかる。万一、炎症後色素沈着が生じた場合にはトレチノインによる漂白治療が有用である。
(写真a) (写真b)
(写真2)50代女性。右頬部に脂漏性角化症を認め(a:初診時)、炭酸ガスレーザーにより削皮を行った。再診2ヶ月後、炎症後色素沈着を認めない(b)。

4)治療効果
 治療効果は高く、初診時の判断が適切であれば、90%以上十分な改善が見込める。顔面が効果が確実で、四肢になると成績がやや落ちる。
トレチノイン漂白治療を行う場合、日光性(老人性)色素斑は2ヶ月程度で除去できる。この場合、漂白期間(トレチノインとハイドロキノンの併用)が4週間、冷却期間(ハイドロキノンの単独使用)が4週間である。レーザーが必要な場合は、3-4週間後よりトレチノイン治療を開始し、トレチノイン使用期間は通常2-3週間である。その後1ヶ月間、ハイドロキノンのみを使用する。冷却期間は新しい炎症性色素沈着を予防する目的でおこなう。

5)合併症の対処法および予防対策
 トレチノインについては催奇形性が知られているが、外用剤での危険はないと結論づけられている。ただし、著者らは前述のようにトレチノイン治療中は避妊を義務づけている。
 合併症として治療中の皮膚炎が挙げられる。皮膚炎により、紅斑、掻痒感、落屑、皮膚の乾燥などが見られる。予防は不可能であるが、抗酸化剤ローションや保湿ケアの工夫により症状を和らげることが可能である。また、皮膚炎を最小限で抑えるために、適量を色素沈着の範囲のみに使用することが重要である。
トレチノインによる皮膚炎に対して副腎髄質ステロイド外用剤を使用するとターンオーバーの亢進が妨げられ、メラニンの排出効果を損ねるため望ましくない。掻痒感が強い場合も多くの患者では保湿剤を追加使用し、トレチノインの使用頻度を低下させるだけでコントロールが可能である。皮膚の乾燥感はトレチノイン使用中止後、1-2週間程度で回復する。またトレチノインはメラノサイトの紫外線への感受性を上げるため、遮光やサンスクリーンの使用が望ましい。

6)同意書の例
 色素斑治療に使用している説明の例を表2に示した。ルビーレーザー治療用の説明の例を表3に示した。

7)今後の課題
 両疾患とも一般的に治療成績は非常に良い。中には、真皮内色素沈着を伴うもの、角質肥厚を伴うもの、四肢とくに下肢のもの、など治療がやや難しいものも存在する。炎症後色素沈着をいつでもうまく治療できることが重要で、また外用治療とレーザー治療をうまく組み合わせることができることが必要である。
 トレチノイン漂白治療については、薬剤の安定性の問題、皮膚炎の問題、供給の問題(わが国では未承認)などがあり、こうした問題点の解決が待たれるところである。

Reference
1) Yoshimura K, Harii K, Aoyama T & Iga T. Experience w ith a strong bleaching treatment for skin hyperpigmentation in Orientals. Plast Reconstr Surg. 105:1097-108 2000
2) Yoshimura K, Momosawa A, Aiba E, Sato K, Matsumoto D, Mitoma Y, Harii K, Aoyama T & Iga T. Clinical trial of bleaching treatment with 10% all-trans retinol gel. Dermatol Surg. 29:155-60 2003
3) Yoshimura K, Momosawa A, Watanabe A, Sato K, Matsumoto D, Aiba E, Harii K, Yamamoto T, Aoyama T & Iga T. Cosmetic color improvement of the nipple-areola complex by optimal use of tretinoin and hydroquinone. Dermatol Surg. 28: 1153-7 2002
4) Momosawa A, Yoshimura K, Uchida G, Sato K, Aiba E, Matsumoto D, Yamaoka H, Mihara S, Tsukamoto K, Harii K, Aoyama T & Iga T. Combined therapy using Q-switched ruby laser and bleaching treatment with tretinoin and hydroquinone for acquired dermal melanocytosis. Dermatol Surg. 29:1001-7. 2003
5) Todd M.M., Rallis T.M., Gerwels T.W., et al. A comparison of 3 lasers and liquid nitrogen in the treatment of solar lentigines: a randomized, controlled, comparative trial. Arch. Dermatol; 136:841-846 2000
6) Lugo-Janer A., Lugo-Somolinos A. & Sanchez J.L. Comparison of trichloroacetic acid solution and cryosurgery in the treatment of solar lentigines. Int. J. Dermatol. 42:829-831, 2003


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