2)治療適応と治療法の選択
トレチノイン治療+レーザー照射
全ての扁平母斑にトレチノイン治療の適応がある1,2)。ただし、トレチノインの作用は表皮のターンオーバー亢進によりメラニンを脱落させるのみであるため、扁平母斑に対して使用しても長期的にはほぼ必ず再発すると考えられる。再発を無くすためには活性の高いメラノサイトを減らす必要があり、治療期間中にレーザーの照射を行うことも選択肢となる。トレチノイン漂白療法に必要な漂白剤であるハイドロキノンをレーザー照射後の炎症後色素沈着防止目的にも使用している。
Qスイッチ付きルビーレーザー(波長694 nm)はパルス幅が20nsecとメラノソームの熱緩和時間(約50nsec)以内であるため周辺組織への影響が少なく、諸家の報告からもっとも効果が高いレーザーの一つとされている(3,
4, 5, 6)。理論的には短波長でメラニンの吸収が良いレーザーであれば良い。ノーマルパルスルビーレーザーの単独使用、Qスイッチレーザーとの併用、さらに脱毛用レーザー(ロングパルスアレキサンドライトレーザーなど)との併用なども行われている。
実際の治療では、顔面のものであればトレチノイン漂白療法だけで完全に消失する症例も多い。やはり通常は再発が見られるために、治療後にもハイドロキノンを継続使用する必要があり、継続使用しても再発する症例も見られる。初回にトレチノイン療法で効果が見られた患者の場合は再発時もトレチノイン療法に良く反応する。再発が見られた際に、短期間トレイチノイン療法を行って経過を見ている患者も数多い。この場合、患者は治療法に熟練しており、自分の判断でうまくケアができるようになる。
トレチノイン療法単独では消失しない症例ではレーザー照射も必要になる。トレチノインによる表皮メラニンの除去に2ヶ月程度、加えてレーザーを複数回照射、およびレーザーによる色素沈着の除去にトレチノインを使用した場合の期間が必要になり、総治療期間には最低でも一年程度必要となる。もちろんレーザーの効果ならびにトレチノイン治療の効果には個人差が大きく、患者によっては治療期間はさらに延びる。レーザー後の炎症後色素沈着をしっかり治療することが紛れをなくすために必要である。レーザー治療を行った場合でも再発例は多く、毛孔一致性に色素の再発が見られるケースもあり、こうしたことから脱毛用レーザーなどの併用も試みられているが、まだ一定の見解を得るに至っていない。ロングパルスレーザーなどで脱色素状態にしないとどうしても再発が見られるケースもある。
外科手術
従来行われた削皮術はメラノサイトを選択的に除去できず、新たな色素沈着を生み、かつ瘢痕も形成することからQスイッチ付きルビーレーザーの照射より劣ると結論づけられ、もはや選択されない。
しかし、トレチノインによる表皮メラニンの除去及びレーザー照射での治療期間の長さ、治療にかかる費用などを考慮すると、患者の希望によっては切除を選択する場合もある。たとえば患部周囲の変形、生じる瘢痕などが気にならない場合は適応がある。四肢体幹の神経支配の走行に沿った紡錘形の色調の強い扁平母斑などはよい適応と考える。ただし多くの患者は外科手術を希望しない。
3)治療の実際
著者らの方法(トレチノイン治療+レーザー照射)
通常はトレチノインの外用から開始する。とくに古典的な冷凍療法による治療後の患者では重度の炎症後色素沈着を伴っていることがあり、この状態でレーザー照射を行うことは治療をさらに紛糾させる要因となる。
しかし、四肢や体幹で、色調が濃く厚みがあり、輪郭が明瞭な扁平母斑にはトレチノインのみ単独使用は奏効しないことが多い。この場合は肥厚した角質の除去を目的にQスイッチをオフにしたルビーレーザー、もしくは炭酸ガスレーザーの照射をまず行い、一度痂皮がとれるのを待ってからトレチノインの外用を開始した方が高い時間対効果を得られる。
顔面であれば0.1%、体幹であれば0.2%、四肢であれば0.4%のトレチノイン軟膏の外用とハイドロキノン軟膏の外用から始める。トレチノインには徐々に耐性が生じることから、外用薬への皮膚の反応を見ながら濃度を上げた製剤に交換して使用させる。反応が悪くなった場合はトレチノインの濃度を上げたり、使用回数を増やす。高濃度でも反応しない場合は、グリコール酸(pH1前後)をベビー綿棒で患部に塗布し2-3分間で洗い流す処置を行うことも効果がある。多くの患者では2,3ヶ月間の使用でトレチノインに対して耐性が生じ効果が無くなる。耐性獲得後はトレチノインのみ外用を中止させ、ハイドロキノンの外用は赤みが完全になくなるまで継続する(2,
7)。
1)トレチノイン漂白療法のみで完全に消失する場合
顔面の扁平母斑ではトレチノイン療法に良く反応することが多い。この場合はレーザー照射は基本的に必要ない。治療後も再発防止の観点からハイドロキノンのみを継続使用することが望ましい。初回のトレチノイン治療により色素斑が消失している場合でも、経過に再発しうることを患者によく説明する。この再発までの期間がその扁平母斑の性質を表わし、その後の治療計画においても重要な数字となる。再発した場合は、早めにトレチノイン療法を行えば短期間に再び消失させることが可能である。このように、定期的にトレチノイン療法を行うこととなる。この再発までの治療間隔は、通常は3ヶ月から1年くらいである。
2)トレチノイン漂白療法のみでは完全に消失しない場合
四肢・躯幹にあるもの、多発性のもの、色素が濃く境界が明瞭なもの、色が黒いもの、有毛性のもの、ベッカー母斑など広範囲のもの、などでは、レーザー照射が必要になることが多い。
過去に治療歴がある場合は、はじめにトレチノイン療法を行う。治療歴がない場合は、はじめにレーザー治療を行っても良い。トレチノイン療法を行った場合は、トレチノインによって生じた紅斑が消失してきたタイミングで、Qスイッチルビーレーザー照射を行う。表面麻酔としてリドカインテープ(ペンレス?、ユーパッチ貼付剤?)もしくはリドカインクリーム(本邦では該当製剤の販売がないため自家調合を要する)を用いる。特に小児であっても貼付時間を長くとれば麻酔効果が高まり、これのみでも十分に照射が可能である。麻酔が十分でない場合は、リドカインなどの局所麻酔もしくは全身麻酔を使用することになる。照射後に氷水や氷冷剤で冷却すると、疼痛や腫脹の軽減が得られる。レーザー照射後抗生剤含有軟膏を塗布してもらい、痂皮が形成された場合は自然に脱落し上皮化が確認されてから(おおむね2週間後から)ハイドロキノンの外用を行わせている。さらに2週間後に再診させ、炎症後色素沈着を認める場合はトレチノインの使用を始めることになる。
レーザー照射は可能であれば、初回は低エネルギーから高エネルギーまで、またQスイッチやノーマルパルスなどいくつかの設定で照射して、効果を見てから、全体を照射するようにすると良い。4週後から炎症後色素沈着に対してトレチノイン漂白療法で治療を行い、8週後の時点でレーザー照射についての最終的な評価が可能となる。
炎症後色素沈着についてはレーザー照射前によく説明しておかないと、治療により増悪したとの印象を与えるので注意が必要である。生じた炎症性色素沈着は短期間のトレチノイン外用で軽快する。レーザーの照射間隔は最低2ヶ月、通常は3ヶ月程空けている。
(a) (b) (c) (d) (e)
{症例1}30才女性。生来存在する下腿扁平母斑(a:初診時)。トレチノイン治療を8週間おこなった(b:トレチノイン使用6週目)。4週間待機して紅斑が完全に消失した後、Qスイッチ付きルビーレーザーを照射した。照射後4週間目(c)では炎症後の色素沈着を認める。これに対して再度トレチノイン外用をおこなった(d:2度目のトレチノイン外用、4週間目)。色素斑の再発を認めレーザー照射、さらにトレチノインによる炎症性色素沈着の除去を繰り返した。以降ハイドロキノンの外用のみ継続させた。母斑は完全消失しているが軽度の色素脱失が認められる(e:トレチノイン外用3回及びレーザー照射2回後、初診から約1年半経過、最終のレーザー照射から6ヶ月目)。
4)治療効果
既存の報告を参考にするとQスイッチ付きルビーレーザー単独による治療のみでも「色調の消失が完全」か「かなり改善している」程度にまで改善するとされている(5,
6)。表皮型の色素斑である扁平母斑においてはトレチノインの使用によりメラニンの脱落を生じ単独でも改善をみる(1)。しかし、ともに再発は多く治療に難渋することが多いため、再発をなくすためには手術を行うか、脱色素斑とするしかない場合もある。実際にはケースにより、治療に反応する程度、再発の程度、再発までの期間は大きく異なる。治療による炎症性色素沈着についてはトレチノイン療法で治療することが容易である。
5)合併症の対処法および予防対策
A)再発 再発は長期的にみれば必ずおこるので、繰り返し治療が必要になることを事前に説明する必要がある。
B)炎症後色素沈着 レーザー照射により起こることがよくある。トレチノイン療法により除去できる。
C)脱色素 レーザー照射、とくに照射時間が長いと起こりうる。再発を防ぐために患者の希望であえて作る場合もある。
D)瘢痕形成 過剰なレーザー照射により起こりうる。起こさないように照射設定に気をつける。
6)この治療法に関して今後開発、発展が必要な課題
多くの治療法が試行されてきたが、再発の問題が解決されず、いまだに確立されていない。毛孔一致性の再発が見られることから脱毛用レーザーの併用も試みられたが、まだ安定した成績は得られていない。トレチノイン療法は瘢痕や脱色素のリスクがない利点があるが、やはり再発が見られる。今後も再発の問題を解決できるレーザー療法が開発される必要があり、症例による反応が異なることから、扁平母斑の新たな分類および分類別の治療法の使い分けも必要になってくると考えられる。
Reference
1) Yoshimura K, Harii K, Aoyama T & Iga T. Experience
with a strong bleaching treatment for skin hyperpigmentation
in Orientals. Plast Reconstr Surg. 105:1097-108 2000
2) Yoshimura K, Momosawa A, Aiba E, Sato K, Matsumoto
D, Mitoma Y, Harii K, Aoyama T & Iga T. Clinical
trial of bleaching treatment with 10% all-trans retinol
gel. Dermatol Surg. 29:155-60 2003
3) Nelson J.S. & Applebaum J. Treatment of superficial
cutaneous pigmented lesions by melanin-specific selective
photothermolysis using the Q-switched ruby laser.
Ann Plast Surg. 29:231-7. 1992
4) Taylor C.R. & Anderson R.R. Treatment of benign
pigmented epidermal lesions by Q-switched ruby laser.
Int J Dermatol. 32:908-12. 1993
5) Tse Y., Levine V.J., McClain S.A. & Ashinoff
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the Q-switched ruby laser and the Q-switched neodymium:
yttrium-aluminum-garnet laser. A comparative study.
J Dermatol Surg Oncol. 20:795-800. 1994
6) Grevelink J.M., Gonzalez S., Bonoan R. & Vibhagool
C. Gonzalez E Treatment of nevus spilus with the Q-switched
ruby laser. Dermatol Surg. 23:365-9 1997
7) Yoshimura K, Momosawa A, Watanabe A, Sato K, Matsumoto
D, Aiba E, Harii K, Yamamoto T, Aoyama T & Iga
T. Cosmetic color improvement of the nipple-areola
complex by optimal use of tretinoin and hydroquinone.
Dermatol Surg. 28: 1153-7 2002
8) Momosawa A, Yoshimura K, Uchida G, Sato K, Aiba
E, Matsumoto D, Yamaoka H, Mihara S, Tsukamoto K,
Harii K, Aoyama T & Iga T. Combined therapy using
Q-switched ruby laser and bleaching treatment with
tretinoin and hydroquinone for acquired dermal melanocytosis.
Dermatol Surg. 29:1001-7. 2003